酔古堂剣掃 / 集倩・淡宕として畫の如し
野築郊居,綽有規制;茅亭草舍,棘垣竹籬,構列無方,淡宕如畫,花間紅白,樹無行款。倘徉灑落,何異仙居?
新字:野築郊居,綽有規制;茅亭草舎,棘垣竹籬,構列無方,淡宕如画,花間紅白,樹無行款。倘徉灑落,何異仙居?
書き下し
野に郊居を築くに、綽として規制有り。 茅亭草舍、棘垣竹籬、構へ列ぬること方無く、淡宕として畫の如し、花間の紅白、樹に行款無し。 倘徉灑落たり、何ぞ仙居に異ならん。
現代語訳
野に郊外の住まいを建てるにも、ゆとりのある中にちゃんとした決まりがあります。茅ぶきの亭、草ぶきの家、いばらの垣根、竹の籬を、決まった型もなく組み並べ、あっさりとして絵のようです。花の間には紅と白が入り混じり、木々は行列を作らずに植えられています。その中をぶらぶらと歩き回り、さっぱりと心地よい、仙人の住まいと何の違いがあるでしょうか。
解説
郊外の住まいづくりの美学を述べた一則です。綽有規制は、ゆったりとしているようでいて、きちんとした決まりや工夫がある、という意味です。茅亭草舎は茅や草でふいた簡素な建物、棘垣竹籬はいばらや竹で作った垣根です。構列無方は、決まった型にはめずに建物を配置すること、淡宕はあっさりとしてのびやかなさまです。行款はもともと文字の行の並びのことで、樹無行款は、木々を行儀よく一列に並べて植えないことを言います。整然とした配置ではなく、自然のままのような不規則さの中に美を見いだすのは、明代の庭園の考え方でもあります。倘徉は、ぶらぶらと気ままに歩くことです。きっちり整えすぎない、ほどよいゆるさのある空間が、かえって心をくつろがせてくれるのでしょう。
この章句が説くこと
住まい庭園自然隠逸閑適
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