酔古堂剣掃 / 集倩・至美は艷無し
至奇無驚,至美無艷。
新字:至奇無驚,至美無艶。
書き下し
至奇は驚く無く、至美は艷無し。
現代語訳
この上なく奇なるものは人を驚かさず、この上なく美しいものは艶やかさを見せません。
解説
わずか八字で、奇と美の極致を言い当てた一則です。至奇は、最もすぐれて非凡なもののことです。本当に非凡なものは、奇をてらって人を驚かせるようなことはせず、ごく自然に、当たり前のようにそこにあります。至美も同じで、最も美しいものは、けばけばしい艶やかさを見せびらかしません。『老子』の、大巧は拙なるがごとし、大弁は訥なるがごとし、という言葉に通じる考え方です。これまでの集倩の句が、控えめな美しさや飾らない品格を繰り返したたえてきたことを思えば、この一句はその美意識を最も簡潔に言い表したものとも言えます。人を驚かせようとする工夫や、目を引こうとする飾りは、かえって本当の力や美しさから遠ざかることがあります。何ごとも、行き着くところまで行くと、静かで自然なものになるのでしょう。
この章句が説くこと
美自然老子品格簡素
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