酔古堂剣掃 / 集倩・花に因りて句を索む
因花索句,勝他牘奏三千;為鶴謀糧,贏我田耕二頃。
書き下し
花に因りて句を索むるは、他の牘奏三千に勝り、 鶴の為に糧を謀るは、我が田耕二頃に贏る。
現代語訳
花を見て詩句を探し求めることは、あの人が三千枚の木札に書いた上奏文にもまさり、鶴のために餌の手配をすることは、わたしが二頃の田を耕すことよりも得るところが多いのです。
解説
風雅な営みの価値を、有名な故事と比べて示した一則です。牘奏三千は、前漢の東方朔が武帝に仕官を願い出たとき、三千枚もの木札に書いた上奏文を奉ったという『史記』の話に基づきます。立身出世のための膨大な文章よりも、花を見て一句を探すほうがすぐれていると言うのです。後半の田耕二頃は、戦国時代の遊説家蘇秦が、もし自分に洛陽の城外の二頃の田があったなら、六国の宰相の印を帯びるようなことはしなかっただろう、と言った話に基づきます。二頃の田は、安定した暮らしの象徴です。それよりも鶴の餌の心配をしているほうが楽しく実りがある、という風流人の価値観が示されています。役に立つかどうかではなく、心が豊かになるかどうかで物事を選ぶ姿勢は、忙しい現代にも一つの指針となるでしょう。
この章句が説くこと
風雅詩鶴故事価値
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