墨子 / 貴義
子墨子曰:萬事莫貴於義。今謂人曰:「予子冠履,而斷子之手足,子為之乎?」必不為。何故?則冠履不若手足之貴也。又曰:「予子天下,而殺子之身,子為之乎?」必不為。何故?則天下不若身之貴也。爭一言以相殺,是貴義於其身也。故曰:萬事莫貴於義也。
新字:子墨子曰:万事莫貴於義。今謂人曰:「予子冠履,而断子之手足,子為之乎?」必不為。何故?則冠履不若手足之貴也。又曰:「予子天下,而殺子之身,子為之乎?」必不為。何故?則天下不若身之貴也。争一言以相殺,是貴義於其身也。故曰:万事莫貴於義也。
書き下し
子墨子曰く、萬事、義より貴きは莫し。今、人に謂いて曰く、「子に冠履を予えて、子の手足を斷たん。子、之を為さんか」と。必ず為さざらん。何の故ぞ。則ち冠履は手足の貴きに若かざればなり。又た曰く、「子に天下を予えて、子の身を殺さん。子、之を為さんか」と。必ず為さざらん。何の故ぞ。則ち天下は身の貴きに若かざればなり。一言を爭いて以て相い殺すは、是れ義を其の身よりも貴べばなり。故に曰く、萬事、義より貴きは莫きなり。
現代語訳
墨子が言った。あらゆることの中で、義より貴いものはない。いま人にこう言ったとする。「あなたに冠と履を与えるかわりに、あなたの手足を切り落とそう。やるか」。必ずやらない。なぜか。冠と履は手足の貴さに及ばないからだ。またこう言う。「あなたに天下を与えるかわりに、あなたの身を殺そう。やるか」。必ずやらない。なぜか。天下も身の貴さに及ばないからだ。ところが人は一言を争って互いに殺し合うことがある。それは義を自分の身より貴んでいるからだ。だから言う、あらゆることの中で義より貴いものはない。
解説
貴義篇の冒頭で、価値の順位を段階的に確かめていきます。冠履より手足、手足より身、天下より身。ここまでは誰でも頷く。ところが人は、一言の義をめぐって身を捨てることがある。ならば義は身より上だ、という結論です。実際の選択から価値の順位を逆算する手つきは、墨家らしい実証の姿勢です。
この章句が説くこと
義価値順位選択身
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