酔古堂剣掃 / 集景・清くして齒を漱ぐべし
密竹軼雲,長林蔽日,淺翠嬌青,籠煙惹濕,構數椽其間,竹樹為籬,不復葺垣。中有一泓流水,清可漱齒,曲可流觴,放歌其間,離披蒨郁,神滌意閑。
新字:密竹軼雲,長林蔽日,浅翠嬌青,籠煙惹湿,構数椽其間,竹樹為籬,不復葺垣。中有一泓流水,清可漱歯,曲可流觴,放歌其間,離披蒨郁,神滌意閑。
書き下し
密竹雲を軼ぎ、長林日を蔽ふ、淺翠嬌青、煙を籠め濕を惹く。 數椽を其の間に構へ、竹樹を籬と為し、復た垣を葺かず。 中に一泓の流水有り、清くして齒を漱ぐべく、曲りて觴を流すべし。 其の間に放歌すれば、離披蒨郁、神滌はれ意閑かなり。
現代語訳
密に茂った竹は雲を越えるほど高く、長く続く林は日の光を遮り、淡い緑とあでやかな青がもやを包み込み、しっとりとした湿り気をまとっています。その間に数本の垂木で小屋を建て、竹や木を垣根にして、あらためて塀を造ることはしません。中にはひとすじの流れがあり、清らかで口をすすぐことができ、曲がりくねっていて杯を流して遊ぶこともできます。その中で思いきり歌えば、草木がしなやかに茂る中で、心は洗われ気持ちはのびやかになります。
解説
竹林の中の小屋と、そこを流れる小川の楽しみを描いた一則です。淺翠嬌青は淡い緑とあでやかな青で、竹や木の葉の色の変化を表しています。數椽は数本の垂木で、小さな小屋を建てることを言います。竹や木をそのまま垣根にして塀を作らないところに、自然と住まいの境目をなくそうとする気持ちが表れています。齒を漱ぐは、晋の孫楚が石で歯をみがくと言った故事を思わせ、觴を流すは、晋の王羲之らが蘭亭で曲水に杯を流して詩を作った遊びを踏まえています。離披蒨郁は、草木が枝を広げて鮮やかに茂るさまです。自然の中で声を出して歌うことは、心を洗う何よりの方法なのかもしれません。
この章句が説くこと
自然閑適隠逸風雅竹林
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