酔古堂剣掃 / 集靈・俗氣人を撲つ
園亭若無一段山林景況,只以壯麗相炫,便覺俗氣撲人。
新字:園亭若無一段山林景況,只以壮麗相炫,便覚俗気撲人。
書き下し
園亭若し一段の山林の景況無く、只だ壯麗を以て相炫らば、便ち俗氣の人を撲つを覺ゆ。
現代語訳
庭園や東屋に、ひとかけらの山林らしい趣もなく、ただ壮麗さだけを見せびらかしているなら、たちまち俗っぽさが人に襲いかかってくるように感じられます。
解説
庭づくりで豪華さを競うことの俗っぽさを指摘した一則です。園亭は庭園とそこに建つあずまや、景況は景色の趣です。炫はきらびやかに見せびらかすことで、撲人は臭いなどが人にぶつかってくる様子を言います。明の末ごろには、富裕な商人や官僚が競って豪華な庭を造りましたが、文人たちは、庭の価値は山林の自然な趣にあると考えました。お金をかけた派手さは、かえって品のなさを際立たせるというのです。住まいや店づくりでも、高価な素材を並べるより、自然の光や緑を生かしたほうが、訪れる人の心を落ち着かせる場になります。
この章句が説くこと
庭園風雅自然脱俗質素
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