酔古堂剣掃 / 集倩・翠竹黃花は永く閑伴と為る
夭桃紅杏,一時分付東風;翠竹黃花,從此永為閑伴。
新字:夭桃紅杏,一時分付東風;翠竹黄花,従此永為閑伴。
書き下し
夭桃紅杏は、一時東風に分付し、 翠竹黃花は、此より永く閑伴と為る。
現代語訳
若々しい桃や紅い杏の花は、ひとときのうちに春風に任せて散ってしまい、緑の竹や黄色い菊は、これからずっと、のどかな暮らしの友となります。
解説
一時の華やかさと、長く続く穏やかさを対比した一則です。夭桃は若々しく美しい桃の花で、『詩経』の桃の夭夭たる、という句に由来し、しばしば若い女性の美しさにたとえられます。紅杏も春を彩る華やかな花です。分付は委ねる、任せることで、これらの花は春風に身を任せて、あっという間に散ってしまいます。これに対して翠竹は四季を通じて緑を保ち、黄花、つまり菊は霜にも負けずに咲き、いずれも節操や隠逸の象徴です。閑伴は、のどかな暮らしを共にする友です。華やかなものは一時人の心を奪いますが、長く寄り添ってくれるのは、地味でも変わらぬものだと言います。人との付き合いでも、趣味や仕事でも、一時の華やかさより、長く続く穏やかな関係を大切にしたいと思わせる句です。
この章句が説くこと
竹菊節操閑適無常
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