酔古堂剣掃 / 集倩・瘦竹は幽人の如し
瘦竹如幽人,幽花如處女。
新字:痩竹如幽人,幽花如処女。
書き下し
瘦竹は幽人の如く、幽花は處女の如し。
現代語訳
細く痩せた竹は世を離れて静かに暮らす人のようで、ひっそりと咲く花は嫁ぐ前の乙女のようです。
解説
竹と花を人にたとえた、短く美しい対句です。瘦竹は細くすらりと伸びた竹で、太く茂った竹とは違う、清らかで孤高な趣があります。それを俗世を離れて静かに暮らす幽人になぞらえています。幽花は人目につかない所にひっそりと咲く花で、その慎ましく清らかな美しさを、まだ世に出ていない処女にたとえます。ここでいう処女は、控えめで恥じらいを帯びた若い女性の清純さを表す言葉です。二つの比喩に共通するのは、目立たないところにある美しさを尊ぶ心です。前の句の幽人という語を、次の句の幽花の幽で受けてつなげる、言葉の連鎖も巧みです。華やかなものばかりに目が行きがちですが、控えめなものの中にある品のよさに気づける感性を大切にしたいものです。
この章句が説くこと
竹花隠逸清純比喩
関連する章句
-
人物志・九徵猶ほ火日の外を照らして、內を見る能はず、金水の內に映じて、外に光る能はざるがごとし。
-
説苑・善說客梁王に謂いて曰く、「惠子の事を言うや譬を善くす。王をして譬うる無からしめば、則ち言うこと能わじ。」王曰く、「諾。」明日見えて惠子に謂いて曰く、「願わくは先生の事を言うは則ち直言せよ、譬うる無かれ。」惠子曰く、「今此こに人有りて彈を知らざるに、『彈の狀は何の若きか』と曰わば、應えて『彈の狀は彈の如し』と曰わば、諭らんか。」王曰く、「未だ諭らざるなり。」「是に於て更に應えて『彈の狀は弓の如くにして竹を以て弦と爲す』と曰わば、則ち知らんか。」王曰く、「知るべし。」惠子曰く、「夫れ說く者は固より其の知る所を以て、其の知らざる所を諭し、人をして之を知らしむ。今王『譬うる無かれ』と曰わば、則ち不可なり。」王曰く、「善し。」
-
戦国策・謂公叔曰乘舟公叔に謂いて曰く、「舟に乘るに、舟漏れて塞がざれば、則ち舟沈まん。漏舟を塞ぎて、陽侯の波を輕んずれば、則ち舟覆らん。今公自ら薛公に辯ずるを以て秦を輕んずるは、是れ漏舟を塞ぎて陽侯の波を輕んずるなり、願わくは公之を察せよ。」
-
『呻吟語』内篇・談道・玄言は道の以て為す無き者譬ふること罕にして喻る者は、至言なり。譬へて喻る者は、微言なり。譬へて喻らざる者は、玄言なり。玄言なる者は、道の以て為す無き者なり。玄言を理會せざるも、其の聖人爲るを害せず。
-
孫子・勢篇故に戦いを善くする者の勢は、円石を千仞の山より転ずるが如きなり。
-
『幽夢影』巻下・蛛は蝶の敵國蛛は蝶の敵國爲り、驢は馬の附庸爲り。