酔古堂剣掃 / 集倩・雨後の奇花は客を待つに堪ふ
春來新筍,細可供茶;雨後奇花,肥堪待客。
新字:春来新筍,細可供茶;雨後奇花,肥堪待客。
書き下し
春來の新筍は、細にして茶に供すべく、 雨後の奇花は、肥えて客を待するに堪ふ。
現代語訳
春に生えてきた新しい筍は、細くても茶うけに出すことができ、雨の後に咲いた珍しい花は、ふっくらとしていて客をもてなすのに十分です。
解説
季節の恵みで客をもてなす、つつましくも豊かな暮らしを描いた一則です。春来新筍は春に顔を出したばかりの若い筍で、細いものでも茶と一緒に出せば立派なもてなしになります。後半の雨後奇花は、雨に潤されてひときわ瑞々しく咲いた珍しい花で、肥は花びらがふっくらと豊かなさまを表します。それを飾れば客をもてなすのに堪えると言います。高価な料理や珍しい品を用意しなくても、庭や裏山でとれる旬のものがあれば、それが何よりのごちそうになるというのです。細い筍と肥えた花という対比も面白いところです。人をもてなすときに大切なのは、豪華さよりも、その季節ならではのものを心をこめて差し出すことなのでしょう。
この章句が説くこと
季節もてなし茶花素朴
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