酔古堂剣掃 / 集醒・達士は其の無常を悟る
草色花香,游人賞其真趣;桃開梅謝,達士悟其無常。
書き下し
草色花香、游人は其の眞趣を賞す。 桃開き梅謝す、達士は其の無常を悟る。
現代語訳
草の色や花の香りに、行楽の人はその本当の趣を味わいます。桃が咲いて梅が散るのを見て、道理に通じた人はそこに無常を悟ります。
解説
同じ春の景色を前にして、見る人によって受けとるものが違うことを示した対句です。遊人は行楽の人、達士は物事の道理に通じた人を言います。遊人は草の緑や花の香りに素直に心を躍らせ、それを真の趣として楽しみます。一方、達士は桃が咲くと同時に梅が散っていく移り変わりに目をとめ、すべてが留まらない無常を感じ取ります。著者はどちらかを否定しているのではなく、景色の味わい方には浅深の段階があることを示しているのでしょう。季節の移ろいに気づくことは、自分の人生の時間に気づくことでもあります。散歩の途中で、咲く花と散る花の両方に目を向けてみたいものです。
この章句が説くこと
無常自然風雅達観季節
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