酔古堂剣掃 / 集倩・眼界放ち開き來たる
眉端揚未得,庶幾在山月吐時;眼界放開來,只好向水雲深處。
新字:眉端揚未得,庶幾在山月吐時;眼界放開来,只好向水雲深処。
書き下し
眉端揚ぐること未だ得ざるも、庶幾はくは山月吐く時に在らん。 眼界放ち開き來たるは、只だ好し水雲深き處に向かふに。
現代語訳
眉を晴れやかに上げることがまだできずにいても、山から月が昇るときになれば、きっとそうできるでしょう。視野をぱっと開きたいなら、水と雲の深いところへ向かうのがいちばんです。
解説
心の晴れない人に、自然の中へ出ることを勧める一則です。眉端揚は眉を上げること、つまり心が晴れて顔が明るくなることです。まだそうなれない、つまり気持ちがふさいでいるときでも、山の端から月が吐き出されるように昇るのを見れば、きっと心も晴れるだろうと言います。庶幾は、ほとんど、おそらくそうであろう、という期待を表す言葉です。後半の眼界放開は、視野が大きく開かれることで、心のゆとりや見識の広がりも意味しています。そのためには、水と雲の深く広がるところ、つまり大自然の中に身を置くのがよいと言います。狭い部屋で悩んでいても答えが出ないとき、外へ出て広い景色を眺めると、ふっと気持ちが軽くなり、ものの見方が変わることがあります。
この章句が説くこと
自然月心境眼界閑適
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