酔古堂剣掃 / 集倩・欸乃忽ち聞こゆ
臨流曉坐,欸乃忽聞,山川之情,勃然不禁。
新字:臨流暁坐,欸乃忽聞,山川之情,勃然不禁。
書き下し
流れに臨みて曉に坐すれば、欸乃忽ち聞こえ、山川の情、勃然として禁ぜず。
現代語訳
明け方に川の流れに臨んで座っていると、舟をこぐ掛け声がふと聞こえてきて、山や川への思いがむくむくとわき起こって抑えきれなくなります。
解説
夜明けの川辺で、ふと聞こえた舟歌に心が動く瞬間を描いた一則です。欸乃は舟をこぐときの櫓の音、またはそのときに歌う掛け声や舟歌のことです。唐の柳宗元の「漁翁」の詩に、欸乃一声山水緑なり、という名句があり、舟歌の一声とともに朝もやが晴れて山と水の緑が現れる情景が描かれています。この一則もその詩の世界を思わせます。勃然は急に盛んにわき起こるさま、不禁は抑えきれないことです。静かに座っていたところへ、思いがけず人の声が届き、それをきっかけに自然への深い思いがあふれ出すという、心の動きがとらえられています。静けさの中にいるからこそ、小さな音が大きな感動を呼ぶのでしょう。早朝の散歩で耳を澄ませると、ふだん聞き逃している音が心を動かしてくれることがあります。
この章句が説くこと
山水舟歌夜明け自然情景
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