酔古堂剣掃 / 集韻・石磬依然たり
曉起入山,新流沒岸;棋聲未盡,石磬依然。
新字:暁起入山,新流没岸;棋声未尽,石磬依然。
書き下し
曉に起きて山に入れば、新流岸を沒す。棋聲未だ盡きざるに、石磬依然たり。
現代語訳
明け方に起きて山に入ると、新しく流れ出た水が岸を覆っています。碁を打つ音がまだ終わらないうちに、石の磬の音がもとのように響いています。
解説
雨上がりの朝の山と、変わらずに鳴る寺の磬の音を描いた対句です。新流は雨で新たに増した水の流れで、岸を覆うほどに水かさが増しています。棋声は碁石を打つ音、石磬は石でできた打楽器で、寺で勤行の合図に鳴らされます。依然は、以前と変わらないさまです。碁に興じている間にも、寺の磬は変わらぬ調子で時を刻んでいる、という対照に、人の遊びと変わらぬ自然や信仰の時間とが重なって見えます。山の変化と変わらぬもの、その両方を感じ取る繊細さがあります。変わりゆく日々の中で、変わらずにそこにあるものの存在は、人を静かに支えてくれるものです。
この章句が説くこと
山水閑適自然寺院静寂
関連する章句
-
『酔古堂剣掃』集倩・衲衣皆松雲に染まる翠微より僧至れば、衲衣皆松雲に染まる。 斗室に經を殘せば、石磬半ば蕉雨に沈む。
-
『酔古堂剣掃』集靈・玉磬を敲くこと三聲萬壑疏風清し、兩耳世語を聞かば、急ぎ須らく玉磬を敲くこと三聲すべし。九天涼月淨し、初心にして其の經を誦するは、金鐘を撞くこと百下に勝るに似たり。
-
『酔古堂剣掃』集素・落葉を煨きて紅爐と為す山房の磬は、綠玉に非ずと雖も、沉明輕清の韻、盡く清歌を節し俗耳を洗ふべし。 山居の樂しみ、頗る冷趣に愜ふ。落葉を煨きて紅爐と為し、況んや暄を岩戶に負ふをや。 土鼓梅を催し、荻灰地を暖む。潛凜以て蕭索たりと雖も、素柯の歲を凌ぐを見る。 同雲流れず、舞雪醉ふが如し。野は曠きに因りて冷やかに舒び、山は靜かなるを以て晦からず。 枯魚懸かる在り、濁酒已に注ぐ。朋徒我に從ひ、寒盟固むべし。 歲暮を天涯に驚かず、即ち是れ纊を孤嶼に挾むなり。
-
『酔古堂剣掃』集韻・石を掃へば月帚に盈つ石を掃へば月帚に盈ち、泉を濾せば花篩に滿つ。
-
『酔古堂剣掃』集韻・蒼苔に印するは只だ屐齒疏簾清簟、白晝を銷すは惟だ棋聲有るのみ。幽徑柴門、蒼苔に印するは只だ屐齒を容るるのみ。
-
『酔古堂剣掃』集景・愁樂交も集まる雲晴れて叆叆、石楚流滋、狂飆忽ち卷き、珠雨淋漓たり。 黃昏孤燈明滅し、山房清曠にして、意自ら悠然たり。 夜半松濤颶に驚き、蕉園瑯を鳴らし、窾坎の聲、疏密間ま發し、愁樂交も集まり、幽懷を寫すに足る。