酔古堂剣掃 / 集素・奇士雅客は蠹簡を以て代ふ
山中蒔花種草,足以自娛,而地樸人荒,泉石都無,絲竹絕響,奇士雅客亦不復過,未免寂寞度日。然泉石以水竹代,絲竹以鶯舌蛙吹代,奇士雅客以蠹簡代,亦略相當。
新字:山中蒔花種草,足以自娯,而地樸人荒,泉石都無,糸竹絶響,奇士雅客亦不復過,未免寂寞度日。然泉石以水竹代,糸竹以鶯舌蛙吹代,奇士雅客以蠹簡代,亦略相当。
書き下し
山中に花を蒔き草を種うるは、以て自ら娛しむに足る、而れども地樸にして人荒れ、泉石都て無く、絲竹響きを絕ち、奇士雅客も亦た復た過らず、未だ寂寞として日を度るを免れず。 然れども泉石は水竹を以て代へ、絲竹は鶯舌蛙吹を以て代へ、奇士雅客は蠹簡を以て代ふれば、亦た略ぼ相當る。
現代語訳
山の中で花の種をまき草を植えるのは、自分で楽しむには十分です。けれども土地は素朴で人もまばら、名高い泉や石はまったくなく、管弦の音も絶え、すぐれた人物や風雅な客も訪ねて来ないので、どうしても寂しく日を過ごすことになります。それでも、泉や石は水辺の竹で代え、管弦はうぐいすのさえずりや蛙の鳴き声で代え、すぐれた客人は虫食いの古い書物で代えれば、それなりに釣り合うものです。
解説
足りないものを嘆くのではなく、身近なもので置き換える工夫を語った一則です。前半では山住まいに欠けているもの、泉石、絲竹、奇士雅客の三つを数え上げます。後半ではその三つに、水竹、鶯舌蛙吹、蠹簡という代わりを一つずつ対応させています。蠹簡は紙魚に食われた古い書物で、書を通じて昔の人と語り合えば客人の代わりになるという発想です。鳥や蛙の声を音楽と聞く耳を持てば、寂しさはそのまま楽しみに変わります。理想の環境がそろわないときも、手元にあるもので代わりを見つける目を持つことが、暮らしを豊かにする鍵なのでしょう。
この章句が説くこと
清貧閑適読書自然工夫
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