酔古堂剣掃 / 集素・洵に幽棲の勝事、野客の虛位なり
郊中野坐,固可班荊;徑裏閒談,最宜拂石。侵雲煙而獨冷,移開清嘯胡床,藉草木以成幽,撤去莊嚴蓮界。況乃枕琴夜奏,逸韻更揚;置局午敲,清聲甚遠;洵幽棲之勝事,野客之虛位也。
新字:郊中野坐,固可班荊;径裏閒談,最宜払石。侵雲煙而独冷,移開清嘯胡床,藉草木以成幽,撤去荘厳蓮界。況乃枕琴夜奏,逸韻更揚;置局午敲,清声甚遠;洵幽棲之勝事,野客之虚位也。
書き下し
郊中に野坐するは、固より荊を班くべし。 徑裏に閒談するは、最も石を拂ふに宜し。 雲煙を侵して獨り冷やかに、清嘯の胡床を移し開き、草木を藉りて以て幽を成し、莊嚴の蓮界を撤し去る。 況んや乃ち琴を枕にして夜奏すれば、逸韻更に揚がり、局を置きて午に敲けば、清聲甚だ遠きをや。 洵に幽棲の勝事、野客の虛位なり。
現代語訳
郊外で野に座るなら、もちろんいばらを敷いて座ればよいのです。小道で気ままに語らうなら、石の塵を払って座るのがいちばんです。雲や霞の中に分け入ってひとり冷ややかに、口笛を吹くための腰掛けも片づけ、草木を頼りに奥深い趣をつくり、荘厳な蓮の台座も取り払ってしまいます。まして琴を枕元に置いて夜に奏でれば、優れた調べはいっそう高く響き、碁盤を置いて昼に石を打てば、澄んだ音ははるか遠くまで届きます。まことにこれは隠れ住む者のすばらしい楽しみであり、野の客のために空けておく席なのです。
解説
野外の石に座る楽しみを、故事を交えて述べた一則です。班荊は、いばらを地に敷いて座ることで、『春秋左氏伝』に、楚の伍挙と声子が旅先で出会い、いばらを敷いて共に食事をし語り合った話があります。払石は石の塵を払って座ること、清嘯の胡床は口笛を吹いて楽しむための腰掛けです。荘厳の蓮界は、仏像の台座のような飾り立てた座を指すと読めます。置局は碁盤を置くこと、敲は碁石を打つ音です。自然の石こそ、椅子も台座もいらない最高の座席であり、琴や碁の音もそこでこそ澄んで響くと言います。虚位は空けておく席のことで、野に遊ぶ客をいつでも迎える自然の席という意味でしょう。
この章句が説くこと
隠逸自然囲碁琴交友
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