酔古堂剣掃 / 集倩・徑中には竹を須つ
山上須泉,徑中須竹。讀史不可幹酒,談禪不可無美人。
新字:山上須泉,径中須竹。読史不可幹酒,談禅不可無美人。
書き下し
山上には泉を須ち、徑中には竹を須つ。 史を讀むには酒を幹くべからず、禪を談ずるには美人無かるべからず。
現代語訳
山の上には泉がほしく、小道には竹がほしいものです。歴史書を読むときは酒を欠かしてはならず、禅を語るときは美しい人がいなくてはなりません。
解説
何かを引き立てるには、それにふさわしい取り合わせが要るという一則です。山に泉、小道に竹というのは誰もが納得する取り合わせでしょう。後半は少し意外な組み合わせで、歴史を読むには酒が欠かせないと言います。原文の「幹酒」は意味の取りにくいところですが、酒なしで乾いたまま読んではいけない、という意味に解しました。興亡の激しい歴史を読めば、義憤や感慨がわき、杯を傾けたくなるというのでしょう。禅を談ずるに美人がいなければならないというのは、明末の文人らしい逆説の遊びです。枯れた悟りの話にも、美しく華やぐものがそばにあってこそ、空と色、静と艶の対比が生き、話に潤いが出るという含みと読めます。堅い話題にも、場の華やぎや遊び心を添えると、話がいっそう深まることがあるものです。
この章句が説くこと
取り合わせ読書禅飲酒風雅
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