酔古堂剣掃 / 集韻・香は人をして幽ならしむ
香令人幽,酒令人遠,茶令人爽,琴令人寂,棋令人閑,劍令人俠,杖令人輕,麈令人雅,月令人清,竹令人冷,花令人韻,石令人雋,雪令人曠,僧令人淡,蒲團令人野,美人令人憐,山水令人奇,書史令人博,金石鼎彜令人古。
新字:香令人幽,酒令人遠,茶令人爽,琴令人寂,棋令人閑,剣令人侠,杖令人軽,麈令人雅,月令人清,竹令人冷,花令人韻,石令人雋,雪令人曠,僧令人淡,蒲団令人野,美人令人憐,山水令人奇,書史令人博,金石鼎彜令人古。
書き下し
香は人をして幽ならしめ、酒は人をして遠からしめ、茶は人をして爽やかならしめ、琴は人をして寂ならしめ、棋は人をして閑ならしめ、劍は人をして俠ならしめ、杖は人をして輕からしめ、麈は人をして雅ならしめ、月は人をして清からしめ、竹は人をして冷やかならしめ、花は人をして韻あらしめ、石は人をして雋ならしめ、雪は人をして曠からしめ、僧は人をして淡からしめ、蒲團は人をして野ならしめ、美人は人をして憐れましめ、山水は人をして奇ならしめ、書史は人をして博からしめ、金石鼎彜は人をして古ならしむ。
現代語訳
香は人を奥ゆかしくし、酒は人の心を遠くへ遊ばせ、茶は人をすがすがしくし、琴は人を静かにし、碁は人をのんびりさせ、剣は人を義侠心に富ませ、杖は人の身を軽くし、払子は人を上品にし、月は人を清らかにし、竹は人を冷ややかに澄ませ、花は人に風韻を与え、石は人を味わい深くし、雪は人の心を広々とさせ、僧は人を淡泊にし、座布団は人を素朴にし、美人は人にいとおしむ心を起こさせ、山水は人を非凡にし、書物は人を博識にし、古い金石や鼎の器は人を古雅にします。
解説
十九の事物が、それぞれ人にどんな気質を与えるかを、令人という形で並べ立てた一則です。香、酒、茶、琴、棋と文人の嗜みから始まり、剣、杖、麈と身の回りの道具、月、竹、花、石、雪と自然、僧や美人と人、そして山水、書史、金石鼎彜と、範囲を広げていきます。雋は味わい深いこと、曠は心が広々としていること、金石鼎彜は古代の青銅器や石碑など、古い器物の総称です。一字で性質を言い当てる的確さが見どころで、酒は遠、雪は曠など、なるほどと思わせる組み合わせばかりです。人は身の回りのものに影響を受けて育ちます。自分に身につけたい気質があれば、それを与えてくれるものを暮らしに取り入れてみるとよいでしょう。

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