酔古堂剣掃 / 集倩・出世の法は閉關に如くは無し
出世之法,無如閉關。計一園手掌大,草木蒙茸,禽魚往來,矮屋臨水,展書匡坐,幾於避秦,與人世隔。
新字:出世之法,無如閉関。計一園手掌大,草木蒙茸,禽魚往来,矮屋臨水,展書匡坐,幾於避秦,与人世隔。
書き下し
出世の法は、閉關に如くは無し。 一園の手掌の大なるを計り、草木蒙茸として、禽魚往來し、矮屋水に臨み、書を展べて匡坐すれば、秦を避くるに幾くして、人世と隔たる。
現代語訳
世俗から抜け出す方法としては、門を閉ざしてこもることに及ぶものはありません。手のひらほどの小さな庭を用意し、草木がこんもりと茂り、鳥や魚が行き来し、低い家が水辺に臨んでいる、そこで書物を広げてきちんと座っていれば、まるで秦の乱世を避けて桃源郷に隠れたようなもので、人の世から隔てられます。
解説
世を離れるのに、遠い山奥へ行く必要はないと説く一則です。出世は、ここでは立身出世ではなく、仏教で言う世俗を出ることを意味します。閉関は門を閉ざして外との交わりを絶つことで、禅僧が一定期間こもって修行することも閉関と言います。手掌大は手のひらほどの広さで、ごく小さな庭のことです。蒙茸は草木がこんもりと茂るさま、匡坐は姿勢を正してきちんと座ることです。避秦は、東晋の陶淵明「桃花源記」で、秦の乱を避けて山奥に隠れ住んだ人々の子孫が、外の世の移り変わりを知らずに平和に暮らしていたという話を踏まえています。小さな庭と書物があれば、桃源郷は手の届くところにあるというのです。情報に追われる今、ときどき扉を閉ざし、通知を切って自分の小さな世界にこもる時間は、心を守る知恵と言えるでしょう。
この章句が説くこと
隠逸閉関桃源郷読書閑適
関連する章句
-
『酔古堂剣掃』集素・往來は惟だ羊裘有るのみ室は桃源に距り、晨夕恆に蘭菃を滋し、門は杜徑に開き、往來は惟だ羊裘有るのみ。
-
『酔古堂剣掃』集素・思ひを少なくし欲を寡なくす獨り林泉に臥し、曠然として自適し、利無く營無く、思ひを少なくし欲を寡なくす、身を修め世を出づるの法なり。
-
『酔古堂剣掃』集靈・書を讀めば隨處淨土門を閉づれば即ち是れ深山、書を讀めば隨處淨土なり。
-
『酔古堂剣掃』集素・流水一灣、便ち是れ小桃源何れの地か真境に非ざらん。何れの物か真機に非ざらん。 芳園半畝、便ち是れ舊の金谷。流水一灣、便ち是れ小桃源。 林中の野鳥數聲、便ち是れ一部の清鼓吹。溪上の閒雲幾片、便ち是れ一幅の真畫圖。
-
『酔古堂剣掃』集素・戶を閉ぢて書を讀むは山に入りて道を修むるに勝る只だ愁ふ名字の人に知らるる有るを、澗邊の幽草。 若し清盟誰にか托すべきと問はば、沙上の閒鷗。 山童は草木の性に率ひて、鶴と同じく眠り、奚奴は歌詠の情を領して、韻を檢して至る。 戶を閉ぢて書を讀むは、絕だ山に入りて道を修むるに勝り、人に逢ひて法を說くは、全く兀坐して心を捫づるに輸く。
-
『酔古堂剣掃』集豪・門を閉ぢて心は萬山の中世事評するに堪へず、卷を掩ひて神は千古の上に遊ぶ。 塵氛應に卻くべし、門を閉ぢて心は萬山の中に在り。