酔古堂剣掃 / 集靈・書を讀めば隨處淨土
閉門即是深山,讀書隨處淨土。
新字:閉門即是深山,読書随処浄土。
書き下し
門を閉づれば即ち是れ深山、書を讀めば隨處淨土なり。
現代語訳
門を閉ざせば、そこがそのまま深い山の中であり、書物を読めば、どこでも清らかな浄土となります。
解説
隠遁の地も浄土も、自分の心とふるまいしだいでどこにでもつくれる、と言う名句です。深山は世俗を離れた隠者の住む所、淨土は仏教でいう煩悩のない清らかな世界です。わざわざ山奥へ行かなくても、門を閉じて外の騒がしさを遮れば、家の中が深山になります。どこにいても書物を開けば、心は浄土に遊ぶことができます。環境を変えられないと嘆くより、自分で心の居場所をつくればよいというのです。通勤の電車の中でも、一冊の本を開けば、そこは自分だけの静かな場所になります。通知の鳴る機械をしばらく手放す時間を持つことも、現代の門を閉じることと言えるかもしれません。
この章句が説くこと
読書隠逸閑適浄土心境
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