酔古堂剣掃 / 集倩・張懷民も訪はざるべし
良夜風清,石床獨坐,花香暗度,松影參差。黃鶴樓可以不登,張懷民可以不訪,《滿庭芳》可以不歌。
新字:良夜風清,石床独坐,花香暗度,松影参差。黄鶴楼可以不登,張懐民可以不訪,《満庭芳》可以不歌。
書き下し
良夜風清く、石床に獨り坐せば、花香暗に度り、松影參差たり。 黃鶴樓も登らざるべく、張懷民も訪はざるべく、『滿庭芳』も歌はざるべし。
現代語訳
よい夜で風は清らか、石の腰掛けに一人で座っていると、花の香りがどこからともなく漂ってきて、松の影がふぞろいに揺れています。こんな夜なら、黄鶴楼に登らなくてもよく、張懐民を訪ねなくてもよく、「満庭芳」を歌わなくてもよいのです。
解説
満ち足りた夜のひとときに、名高い風流の数々さえ要らないと言い切った一則です。黄鶴楼は武漢にある名楼で、唐の崔顥や李白の詩で知られる景勝地です。張懐民は、北宋の蘇軾が月の美しい夜に承天寺を訪ね、同じく眠れずにいた友の張懐民と庭を歩いたという「記承天寺夜遊」に登場する人物です。満庭芳は宋代の詞の曲名で、秦観や蘇軾の名作があります。つまり、名所に登ることも、月夜に友を訪ねることも、名曲を歌うことも、この夜にはもう必要ない、というのです。石の腰掛けに一人座り、花の香りと松の影を感じているだけで、心は十分に満たされています。有名な場所や特別な体験を追い求めなくても、今いる場所の美しさに気づければ十分だと教えてくれます。
この章句が説くこと
閑適夜知足蘇軾風雅
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