酔古堂剣掃 / 集倩・山鳥の報更
山鳥每夜五更喧起五次,謂之報更,蓋山間率真漏聲也。
新字:山鳥毎夜五更喧起五次,謂之報更,蓋山間率真漏声也。
書き下し
山鳥每夜五更に喧しく起つこと五次、之を報更と謂ふ、蓋し山間の率真なる漏聲なり。
現代語訳
山の鳥は毎晩、五更のころに五回やかましく鳴き立てます。これを報更、つまり時を告げる鳴き声と呼びます。思うに、これは山の中の飾りけのない水時計の音なのでしょう。
解説
山の暮らしの時の知らせ方を、ユーモラスに描いた一則です。五更は夜を五つに分けたうちの最後、夜明け前の時間帯です。報更は夜の時刻を知らせることで、町では夜番が太鼓や拍子木で時を告げました。漏声は漏刻、つまり水時計の水が落ちる音で、時刻を知る手段を指します。山には水時計も夜番もないけれど、鳥が決まって鳴くので、それが時計の代わりになる、というのです。率真は飾りけがなくありのままであることで、人工の時計よりも正直な時の知らせだと面白がっています。自然のリズムの中で暮らすことの素朴な楽しさが伝わってきます。時計やアラームに追われる毎日でも、鳥の声や日の光で目覚める朝を、ときには味わってみたいものです。
この章句が説くこと
山居自然時鳥素朴
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