長短経 / 政体
知時者、可立以為長。〔范蠡曰、“時不至、不可强生、事不究、不可强成。”管子曰、“聖人能輔時、不能違時。”《語》曰、“聖人修備以待時也。”〕
新字:知時者、可立以為長。〔范蠡曰、“時不至、不可強生、事不究、不可強成。”管子曰、“聖人能輔時、不能違時。”《語》曰、“聖人修備以待時也。”〕
書き下し
時を知る者は、立てて以て長と為す可し。〔范蠡曰く「時至らざれば、強いて生ず可からず。事究まらざれば、強いて成す可からず」と。管子曰く「聖人は能く時を輔くるも、時に違う能わず」と。語に曰く「聖人は備えを修めて以て時を待つなり」と。〕
現代語訳
時を知る者は、立てて長とすることができる。〔范蠡はこう言った。「時が至らなければ、無理に生み出すことはできない。事が煮詰まらなければ、無理に成し遂げることはできない」。管子はこう言った。「聖人は時を助けることはできるが、時に逆らうことはできない」。ある書物にこうある。「聖人は備えを整えて時を待つ」。〕
解説
三つの短い言葉が、時についての同じ結論を別の角度から述べます。時が来なければ生み出せない。時に逆らうことはできない。だから備えを整えて待つ。要点は、待つことが受け身ではないという点です。備えを修めて待つ。何もせずに待つのではなく、来たときに動けるだけの準備を済ませて待つ。時を知るとは、いつ来るかを当てることではなく、来たときに取りこぼさないことです。
この章句が説くこと
政体時范蠡管子待つ備え
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呂氏春秋・首時①聖人の事に於ける、緩なるに似て急に、遲きに似て速かに、以て時を待つ。王季歷困しみて死す。文王之を苦しみ、有た羑里の醜を忘れざれども、時未だ可ならざるなり。武王之に事え、夙夜懈らざりしも、亦た玉門の辱を忘れず。立ちて十二年にして、甲子の事を成せり。時は固に得易からざるなり。太公望は東夷の士なり。一世を定めんと欲すれども其の主無し。文王の賢なるを聞き、故らに渭に釣りして以て之を觀る。
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