酔古堂剣掃 / 集綺・野花目に艷なり
野花艷目,不必牡丹;村酒醉人,何須綠蟻。
新字:野花艶目,不必牡丹;村酒酔人,何須緑蟻。
書き下し
野花目に艷なり、必ずしも牡丹ならず。 村酒人を醉はしむ、何ぞ綠蟻を須ゐん。
現代語訳
野の花も目に艶やかに映るのですから、必ずしも牡丹である必要はありません。村の酒でも人を酔わせるのですから、どうして上等な酒を求める必要がありましょうか。
解説
名高いものや高価なものでなくても、楽しみは十分に得られると説く一則です。牡丹は花の王と呼ばれ、唐の都で大流行した豪華な花の代表です。しかし道端の野花も、目を楽しませる美しさでは劣りません。綠蟻は、醸したばかりの酒の表面に浮かぶ緑がかった泡のことで、白居易の詩にも詠まれ、良い酒の代名詞とされます。村で作られた素朴な酒でも、人を気持ちよく酔わせることに変わりはないと言います。美しさや楽しさは、ものの値段や評判ではなく、受け取る側の心で決まるということです。高いもの、有名なものばかりを追いかけずに、身近な素朴なものの良さに気づける人は、どこにいても豊かに暮らせるでしょう。
この章句が説くこと
素朴知足清貧閑適野花
関連する章句
-
『呻吟語』内篇・養生・太樸は天地の命脈太樸は、天地の命脈なり。太樸散じて天地の壽妖卜す可し。故に萬物蕃れば、則ち造化の元精耗散す。木の實多き者は根傷み、草の莖出づる者は根虛し、費用廣き者は家貧しく、言行多き者は神竭く。皆な妖道なり。老子の受用の處は、盡く此の中に看破す。
-
『呻吟語』内篇・應務・無用の樸は君子貴ばず無用の樸は、君子貴ばず。機械變詐を事とせずと雖も、德慧術知に至りては、亦た無かる可からず。
-
『酔古堂剣掃』集醒・童子は智少なくして愈〻完し童子は智少なし、愈〻少なくして愈〻完し。成人は智多し、愈〻多くして愈〻散ず。
-
論語・先進篇子曰く、先進の礼楽に於けるは、野人なり。後進の礼楽に於けるは、君子なり。如し之を用いば、則ち吾は先進に従わん。
-
論語・八佾篇子夏問いて曰く、「巧笑倩たり、美目盼たり、素以て絢を為すとは、何の謂ぞや」と。子曰く、「絵事は素より後にす」と。曰く、「礼は後か」と。子曰く、「予を起こす者は商なり。始めて与に詩を言うべきのみ」と。
-
『呻吟語』内篇・應務・巧は氣化の賊なり巧なる者は、氣化の賊なり、萬物の禍なり、心術の蠹なり、財用の災なり。君子貴ばず。