酔古堂剣掃 / 集倩・山は宜しく秋に登るべし
香宜遠焚,茶宜旋煮,山宜秋登。
書き下し
香は宜しく遠く焚くべく、茶は宜しく旋ち煮るべく、山は宜しく秋に登るべし。
現代語訳
香は少し離れたところで焚くのがよく、茶は飲むその場ですぐに煮るのがよく、山は秋に登るのがよいのです。
解説
香・茶・山という三つの楽しみについて、それぞれ最もよい味わい方を簡潔に示した一則です。香を遠くで焚くのは、煙が近すぎるとむせたり香りがきつくなったりするので、ほのかに漂うくらいがちょうどよいからです。旋煮は飲む直前に煮ることで、作り置きではなく淹れたての香りを楽しむ心得です。山を秋に登るのは、空が澄み、紅葉が美しく、暑さも和らいで歩きやすいからでしょう。いずれも、ものの持ち味を最も引き出す距離や時機を心得ることが、風雅の要であることを示しています。香りは近すぎず、茶は古すぎず、山は時を選んで、という具合です。趣味でも仕事でも、何をするかだけでなく、いつどのくらいの距離でするかを工夫すると、同じことでも味わいがずっと深くなります。
この章句が説くこと
香茶登山風雅時機
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