酔古堂剣掃 / 集倩・月到り風來たる
水流雲在,想子美千載高標;月到風來,憶堯夫一時雅致。何以消天下之清風朗月,酒盞詩筒;何以謝人間之覆雨翻雲,閉門高臥。
新字:水流雲在,想子美千載高標;月到風来,憶堯夫一時雅致。何以消天下之清風朗月,酒盞詩筒;何以謝人間之覆雨翻雲,閉門高臥。
書き下し
水流れ雲在り、子美千載の高標を想ふ。 月到り風來たる、堯夫一時の雅致を憶ふ。 何を以てか天下の清風朗月を消せん、酒盞詩筒。 何を以てか人間の覆雨翻雲を謝せん、門を閉ぢて高臥す。
現代語訳
水は流れ雲はとどまる、という句に、杜甫の千年にわたる気高い風格を思います。月が至り風が来る、という句に、邵雍のひとときの風雅な趣を思い起こします。何によって天下の清らかな風と明るい月を味わい尽くしましょうか、酒の杯と詩を入れる筒によってです。何によって人の世の手のひらを返すような変わり身を断りましょうか、門を閉ざしてゆったり眠ることによってです。
解説
二人の詩人の名句を思い起こし、そこから自分の生き方を定めた一則です。子美は唐の杜甫の字で、「江亭」の詩に、水流れて心競はず、雲在りて意倶に遅し、という句があります。堯夫は北宋の学者邵雍の字で、「清夜吟」に、月は天心の処に到り、風は水面に来る時、という句があります。どちらも、あくせくしない静かな心を自然に託した名句です。後半の覆雨翻雲は、杜甫の「貧交行」の、手を翻せば雲となり手を覆せば雨となる、から出た語で、人情の移ろいやすさや世の中の手のひら返しを指します。美しい自然は酒と詩で存分に味わい、世の変わりやすい人情には門を閉ざして付き合わない、という潔い姿勢です。人の評価に振り回されそうなとき、自分が大切にしたいものに心を向け直す助けになる言葉です。
この章句が説くこと
杜甫邵雍隠逸閑適処世
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