酔古堂剣掃 / 集倩・霜前の菊を訪ふ
尋雪後之梅,幾忙騷客;訪霜前之菊,頗愜幽人。
書き下し
雪後の梅を尋ぬるは、幾ど騷客を忙しくす。 霜前の菊を訪ふは、頗る幽人に愜ふ。
現代語訳
雪の後の梅を探しに行くのは、詩人たちをずいぶん忙しくさせます。霜の降りる前の菊を訪ねるのは、世を離れた人の心にとてもよくかないます。
解説
梅と菊という二つの花を訪ねる楽しみを、訪ねる人の違いとあわせて対にした一則です。騒客は詩人のことで、屈原の「離騒」に由来する呼び名です。雪の中で咲く梅を探しに行くことは、唐の孟浩然が驢馬に乗って雪中に梅を探したという話で知られ、詩人たちの定番の風流でした。ただそれは寒い中を歩き回るので、幾忙、つまり慌ただしいものでもあります。これに対して霜の前の菊は、陶淵明が東の垣根の下で菊を採った姿と結びつき、静かに暮らす幽人にこそふさわしい花とされます。愜は心にかなう、気持ちよく満たされるという意味です。同じ花を愛でるにも、熱心に追い求める楽しみと、身近で静かに味わう楽しみがあるのです。
この章句が説くこと
梅菊隠逸詩風雅
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『酔古堂剣掃』集靈・雪後に梅を尋ね霜前に菊を訪ふ雪後に梅を尋ね、霜前に菊を訪ひ、雨際に蘭を護り、風外に竹を聽く。固より野客の閒情にして、實に文人の深趣なり。
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『酔古堂剣掃』集倩・花を待するに客を以てす園花時を按じて開放すれば、因りて其の佳稱に即きて之を待するに客を以てす。 梅花は索笑客、桃花は銷恨客、杏花は倚雲客、水仙は淩波客、牡丹は酣酒客、芍藥は占春客、萱草は忘憂客、蓮花は禪社客、葵花は丹心客、海棠は昌州客、桂花は青雲客、菊花は招隱客、蘭花は幽谷客、酴醾は清敘客、臘梅は遠寄客。 須らく是れ身閑にして、方に稱して主人と為すべし。
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『酔古堂剣掃』集綺・騷人笛を弄す窗外に梅開けば、騷人の笛を弄する有るを喜び、 石邊に雪積もれば、還た小妓の茶を烹るを須つ。
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『酔古堂剣掃』集韻・雪後に梅を尋ぬ雪の後に梅を尋ね、霜の前に菊を訪ひ、雨の際に蘭を護り、風の外に竹を聽く。
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『酔古堂剣掃』集素・暗香浮動、疏影橫斜の趣春初、玉樹參差として、冰花錯落たり、瓊台の奇望、恍として玄圃に坐し、羅浮なるか非なるかのごとし。 黃昏月下、琴を攜へて吟賞し、杯酒留連すれば、則ち暗香浮動、疏影橫斜の趣、何ぞ能く真に實際ならんや。
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『酔古堂剣掃』集情・雪を掃ひて茶を烹る風に臨みて笛を弄す欄桿の上、桂影一輪、雪を掃ひて茶を烹る籬落の邊、梅花數點。