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酔古堂剣掃 / 集倩・美女は鉛華を尚ばず

美女不尚鉛華,似疏雲之映淡月;禪師不落空寂,若碧沼之吐青蓮。

新字:美女不尚鉛華,似疏雲之映淡月;禅師不落空寂,若碧沼之吐青蓮。

書き下し

美女は鉛華を尚ばず、疏雲の淡月に映ずるに似たり。 禪師は空寂に落ちず、碧沼の青蓮を吐くが若し。

現代語訳

美しい女性がおしろいを好まないのは、薄い雲が淡い月を映しているのに似ています。禅師が空しさや静けさにとらわれないのは、青緑の沼が青い蓮の花を咲かせるようなものです。

解説

飾らない美しさと、とらわれない悟りを並べた一則です。鉛華はおしろい、化粧のことです。厚化粧をしない女性の美しさを、薄雲越しにほのかに見える月にたとえています。はっきり見せすぎないことで、かえって品のある美しさが感じられるというのです。後半の空寂は、仏教でいう一切が空であるという静けさですが、そこにとどまって何もしない状態に陥ることを、禅では嫌います。すぐれた禅師は空に沈まず、澄んだ沼から青蓮が咲き出るように、静けさの中から生き生きとしたはたらきを表します。二つに共通するのは、行きすぎない自然さです。人の魅力も仕事の成果も、飾りすぎず、しかし枯れすぎない加減の中にこそ生まれるのでしょう。

この章句が説くこと

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