酔古堂剣掃 / 集倩・美女は鉛華を尚ばず
美女不尚鉛華,似疏雲之映淡月;禪師不落空寂,若碧沼之吐青蓮。
新字:美女不尚鉛華,似疏雲之映淡月;禅師不落空寂,若碧沼之吐青蓮。
書き下し
美女は鉛華を尚ばず、疏雲の淡月に映ずるに似たり。 禪師は空寂に落ちず、碧沼の青蓮を吐くが若し。
現代語訳
美しい女性がおしろいを好まないのは、薄い雲が淡い月を映しているのに似ています。禅師が空しさや静けさにとらわれないのは、青緑の沼が青い蓮の花を咲かせるようなものです。
解説
飾らない美しさと、とらわれない悟りを並べた一則です。鉛華はおしろい、化粧のことです。厚化粧をしない女性の美しさを、薄雲越しにほのかに見える月にたとえています。はっきり見せすぎないことで、かえって品のある美しさが感じられるというのです。後半の空寂は、仏教でいう一切が空であるという静けさですが、そこにとどまって何もしない状態に陥ることを、禅では嫌います。すぐれた禅師は空に沈まず、澄んだ沼から青蓮が咲き出るように、静けさの中から生き生きとしたはたらきを表します。二つに共通するのは、行きすぎない自然さです。人の魅力も仕事の成果も、飾りすぎず、しかし枯れすぎない加減の中にこそ生まれるのでしょう。
この章句が説くこと
美禅自然素朴品格
関連する章句
-
『酔古堂剣掃』集醒・名茶美酒は自ら真味有り名茶美酒は、自ら真味有り。好事の者香物を投じて之を佐け、反つて以て佳と為す。此れ高人韻士の悞りて塵網の中に墮つると何ぞ異ならん。
-
『呻吟語』内篇・養生・太樸は天地の命脈太樸は、天地の命脈なり。太樸散じて天地の壽妖卜す可し。故に萬物蕃れば、則ち造化の元精耗散す。木の實多き者は根傷み、草の莖出づる者は根虛し、費用廣き者は家貧しく、言行多き者は神竭く。皆な妖道なり。老子の受用の處は、盡く此の中に看破す。
-
『酔古堂剣掃』集綺・野花目に艷なり野花目に艷なり、必ずしも牡丹ならず。 村酒人を醉はしむ、何ぞ綠蟻を須ゐん。
-
『酔古堂剣掃』集醒・童子は智少なくして愈〻完し童子は智少なし、愈〻少なくして愈〻完し。成人は智多し、愈〻多くして愈〻散ず。
-
『呻吟語』内篇・應務・無用の樸は君子貴ばず無用の樸は、君子貴ばず。機械變詐を事とせずと雖も、德慧術知に至りては、亦た無かる可からず。
-
論語・先進篇子曰く、先進の礼楽に於けるは、野人なり。後進の礼楽に於けるは、君子なり。如し之を用いば、則ち吾は先進に従わん。