酔古堂剣掃 / 集法・胸中の日月を懸く
烈士不餒,正氣以飽其腹;清士不寒,青史以暖其躬;義士不死,天君以生其骸。總之心懸胸中之日月,以任世上之風波。
新字:烈士不餒,正気以飽其腹;清士不寒,青史以暖其躬;義士不死,天君以生其骸。総之心懸胸中之日月,以任世上之風波。
書き下し
烈士は餒ゑず、正氣以て其の腹を飽かしむ。 清士は寒えず、青史以て其の躬を暖む。 義士は死せず、天君以て其の骸を生かす。 之を總ぶるに、心に胸中の日月を懸けて、以て世上の風波に任す。
現代語訳
烈士は飢えません。正しい気がその腹を満たすからです。清廉な士は凍えません。歴史の記録がその身を暖めるからです。義士は死にません。心という主がその亡骸を生かし続けるからです。要するに、胸の中に日月を掲げて、世の中の風波に身を任せるのです。
解説
烈士、清士、義士という三種の士を並べ、それぞれを支えるものを示した一則です。正氣は文天祥の「正気の歌」で知られる、天地にみなぎる正しい気のことです。青史は歴史書で、昔は竹簡を火で炙って青みを抜いて書いたことからこう呼ばれます。天君は心のことで、『荀子』に心を天君と呼ぶ用例があります。貧しさや死といった外からの苦しみも、正しい気、後世の評価、揺るがない心によって乗り越えられる、という強い信念が語られています。最後に、胸の中に日と月のような明るい指針を掲げていれば、世の風波にもまれても迷わない、とまとめます。周りの評価に振り回されそうなとき、自分の中の日月は何かを確かめたくなる言葉です。
この章句が説くこと
気節正気義修身信念
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史記 伯夷列伝伯夷・叔斉は孤竹の君の二子なり。父、叔斉を立てんと欲す。父卒するに及び、叔斉、伯夷に譲る。伯夷曰く、「父の命なり」と、遂に逃げ去る。叔斉も亦た立つを肯ぜずして之を逃る。国人、其の中子を立つ。是に於いて伯夷・叔斉、西伯昌の善く老を養ふを聞き、盍ぞ往きて帰せざらん、と。至るに及び、西伯卒す。武王、木主を載せ、号して文王と為し、東して紂を伐つ。伯夷・叔斉、馬を叩へて諫めて曰く、「父死して葬らず、爰に干戈に及ぶは、孝と謂ふ可きか。臣を以て君を弑するは、仁と謂ふ可きか」と。左右、之を兵せんと欲す。太公曰く、「此れ義人なり」と、扶けて之を去らしむ。武王、已に殷の乱を平らげ、天下、周を宗とす。而るに伯夷・叔斉は之を恥ぢ、義として周の粟を食らはず、首陽山に隠れ、薇を采りて之を食らふ。餓ゑて且に死せんとするに及び、歌を作る。其の辞に曰く、「彼の西山に登り、其の薇を采る。暴を以て暴に易へ、其の非を知らず。神農・虞・夏、忽焉として没わる。我、安にか適きて帰せん。于嗟、徂かん、命は之れ衰へたり」と。遂に首陽山に餓死す。
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