酔古堂剣掃 / 集法・境境都て會心有り
精神清旺,境境都有會心;志氣昏愚,處處俱成夢幻。
新字:精神清旺,境境都有会心;志気昏愚,処処倶成夢幻。
書き下し
精神清旺なれば、境境都て會心有り。 志氣昏愚なれば、處處俱に夢幻と成る。
現代語訳
精神が澄んで盛んであれば、どんな境遇にも心にかなう味わいがあります。志や気力が暗く愚かであれば、どこにいてもすべてが夢まぼろしになってしまいます。
解説
同じ世界が、心の状態によってまったく違って見えることを対句で述べた一則です。清旺は澄んでいて力に満ちていること、會心は心にぴたりとかなうこと、昏愚は曇って鈍いことです。心が澄んでいれば、どんな場所や出来事にも気づきや味わいが見つかります。反対に気持ちが曇っていれば、何を見ても手ごたえがなく、夢の中のようにぼんやり過ぎていきます。境遇そのものより、受け取る側の心が大事だという考えは、東洋の修養論に広く見られるものです。退屈だ、面白いことがないと感じるときは、環境を変える前に、睡眠や体調、気持ちの張りを見直してみる価値があります。同じ毎日でも、澄んだ目で見ると違う景色が見えてくるでしょう。
この章句が説くこと
修身精神心境会心処世
関連する章句
-
『酔古堂剣掃』集醒・心を清素に實たす想ひを奢華に結べば、則ち見る所轉た冷淡多し。心を清素に實たせば、則ち涉る所都て塵氛を厭ふ。
-
『酔古堂剣掃』集醒・景和せざれば昏蒙の氣を破る無し景和せざれば、以て昏蒙の氣を破る無し。地雄ならざれば、以て光華の會を壯にする無し。
-
『酔古堂剣掃』集醒・清寧に遇へば眼前の氣象自ら別なり人溷擾に當れば、則ち心中の境界何ぞ堪へん。人清寧に遇へば、則ち眼前の氣象自ら別なり。
-
『酔古堂剣掃』集素・心能く境を會す性虛に堪へざれば、天淵も亦た鳶魚の擾を受く。 心能く境を會すれば、風塵も還た煙霞の娛を結ぶ。
-
『酔古堂剣掃』集素・觸處に魚躍り鳶飛ぶを見る心地上に風濤無ければ、隨在皆青山綠水なり。 性天中に化育有れば、觸處に魚躍り鳶飛ぶを見る。
-
『酔古堂剣掃』集醒・眼前時に月到り風來る世上の塵氣を撥開すれば、胸中自ら火炎冰兢無し。 心中の鄙吝を消卻すれば、眼前時に月到り風來る有り。