酔古堂剣掃 / 集素・心能く境を會す
性不堪虛,天淵亦受鳶魚之擾;心能會境,風塵還結煙霞之娛。
新字:性不堪虚,天淵亦受鳶魚之擾;心能会境,風塵還結煙霞之娯。
書き下し
性虛に堪へざれば、天淵も亦た鳶魚の擾を受く。 心能く境を會すれば、風塵も還た煙霞の娛を結ぶ。
現代語訳
心の性がむなしく静かであることに耐えられなければ、空や淵でさえも、鳶が飛び魚が跳ねることに乱されてしまいます。心が境地をよく会得していれば、俗世のほこりの中にあっても、かえってもやや霞の山水の楽しみを結ぶことができます。
解説
環境の静けさよりも、心のあり方が大切だと説く一則です。天淵と鳶魚は、『詩経』大雅の旱麓に、鳶は飛んで天に至り、魚は淵に躍るとあるのを踏まえ、『中庸』もこれを引いて天地に道が満ちるさまを語ります。ここでは、心が落ち着かなければ、その自然な営みでさえ騒がしく感じられると言います。反対に、心が境地を会得していれば、風塵つまり俗世の中でも山水の楽しみを味わえると言います。静かな場所に移っても心が騒げば同じことで、忙しい職場の中でも心の持ちようで落ち着きは得られるのです。
この章句が説くこと
心境修身自然処世静
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