酔古堂剣掃 / 集法・心に入る處は咫尺も玄門
入心處咫尺玄門,得意時千古快事。
新字:入心処咫尺玄門,得意時千古快事。
書き下し
心に入る處は咫尺も玄門、意を得る時は千古の快事。
現代語訳
心に深く入ってくるところは、ほんのすぐそばにあっても奥深い道への門であり、思いがかなったときは、千年に一度の痛快事です。
解説
心の受け止め方次第で、身近なことが大きな意味を持つと説いた一則です。咫尺は、ごく近い距離のことです。玄門は奥深い道への入り口、もとは老子の玄の又た玄、衆妙の門に由来する言葉です。心に響くものがあれば、それがどんなに身近なことでも、深い真理への入り口になると言います。後半は、思いがかなった瞬間の喜びは、千年に一度の快事にも等しいと言います。遠くの大きなものを求めるより、身近なところで心が動く瞬間を大切にしたい。日々の小さな気づきや喜びこそが、人生を深めてくれるのでしょう。
この章句が説くこと
感性閑適気づき喜び自得
関連する章句
-
『酔古堂剣掃』集素・會心の處は必ずしも遠きに在らず會心の處は必ずしも遠きに在らず。 翳然たる林水、便ち自ら濠濮の閒想有り、覺えず鳥獸禽魚、自ら來りて人に親しむ。
-
『酔古堂剣掃』集素・片時清暢なれば即ち片時を享く片時清暢なれば、即ち片時を享け、半景幽雅なれば、即ち半景を娛しむ。 必ずしも更に姑く待つの心を起こさず。
-
『酔古堂剣掃』集豪・門を閉ぢて心は萬山の中世事評するに堪へず、卷を掩ひて神は千古の上に遊ぶ。 塵氛應に卻くべし、門を閉ぢて心は萬山の中に在り。
-
『酔古堂剣掃』集法・故舊の交はりは意氣愈〻新たに故舊の交はりに遇へば、意氣愈〻新たなるを要し、隱微の事に處すれば、心跡宜しく愈〻顯らかなるべし、衰朽の人を待てば、恩禮愈〻隆きを要す。
-
『酔古堂剣掃』集靈・名を一時に藏し千古を尚友す跡を塵中に混じへ、視を物外に高くす。情を杯酒に陶し、興を篇詠に寄す。名を一時に藏し、千古を尚友す。
-
『酔古堂剣掃』集醒・會心の語は解せざるを以て解す會心の語は、當に解せざるを以て之を解すべし。無稽の言は、是れ聽かざるに在りて之を聽くのみ。