酔古堂剣掃 / 集醒・會心の語は解せざるを以て解す
會心之語,當以不解解之;無稽之言,是在不聽聽耳。
新字:会心之語,当以不解解之;無稽之言,是在不聴聴耳。
書き下し
會心の語は、當に解せざるを以て之を解すべし。無稽の言は、是れ聽かざるに在りて之を聽くのみ。
現代語訳
心にかなう言葉は、理屈で解き明かさないことによって理解すべきです。根拠のない言葉は、聞き流すというやり方で聞くだけです。
解説
言葉の受け止め方について、二つの逆説を示した対句です。会心の語とは、読んで思わず心に響く言葉のことです。そういう言葉は、理屈であれこれ分析すると、かえって味わいが失われてしまいます。解せざるを以て解す、つまり頭で解釈せず、心で感じ取るのがよいというのです。一方、無稽の言、根拠のない話や噂は、まともに取り合う必要はありません。聴かざるに在りて聴く、つまり耳には入っても心には留めない聞き方をすればよいというのです。陶淵明が、書を読んで甚だしくは解を求めず、会意あるごとに欣然として食を忘ると述べたのにも通じます。心に響く言葉は深く味わい、どうでもよい言葉は受け流すという使い分けを身につけたいものです。
この章句が説くこと
読書会心傾聴風雅処世
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