酔古堂剣掃 / 集法・意を假りて超脫するに在り
老成人受病,在作意步趨;少年人受病,在假意超脫。
新字:老成人受病,在作意歩趨;少年人受病,在仮意超脱。
書き下し
老成の人の病を受くるは、意を作して步趨するに在り。少年の人の病を受くるは、意を假りて超脫するに在り。
現代語訳
老成した人がかかりやすい病は、わざと意識して古人の足取りをなぞろうとすることです。若い人がかかりやすい病は、うわべだけ世俗を超えたふりをすることです。
解説
年配者と若者、それぞれが陥りやすい偽りの姿を指摘した一則です。老成の人は、分別を重んじるあまり、作意を持って型どおりに振る舞い、古人や先例をなぞるばかりになります。歩趨は、人の歩みに合わせて歩くことで、模倣を言います。一方、若い人は、うわべだけ世俗を超越したふりをして、悟ったような顔をしがちです。どちらも、本当の自分の考えではなく、作られた姿であるという点で同じ病です。型にとらわれず、かといって格好をつけて型を否定するのでもなく、自分の頭で考えたいものです。
この章句が説くこと
修身作為若者老成自然体
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