酔古堂剣掃 / 集靈・少年笑ふを休めよ老年の顛
少年休笑老年顛,及到老時顛一般,只怕不到顛時老,老年何暇笑少年。
書き下し
少年笑ふを休めよ老年の顛なるを、老ゆる時に及到すれば顛なること一般なり。只だ怕る顛なる時の老に到らざるを、老年何ぞ少年を笑ふに暇あらん。
現代語訳
若者よ、年寄りがよろよろしているのを笑ってはいけません。年を取ってみれば、同じようによろよろするものです。ただ心配なのは、よろよろする年まで生きられないことのほうです。年寄りは若者を笑っている暇などありません。
解説
老いを笑う若者をたしなめる、口語まじりの俗謡風の一則です。顛はふらつくこと、もうろくすることで、一般は同じようにという口語です。誰もがいずれは老いるのだから、老人を笑うのは未来の自分を笑うことだと言います。そのうえで、老いてふらつくまで生きられるかどうかさえわからない、長生きして老いることはむしろ幸いなのだ、と視点をひっくり返します。最後の一句は、残り時間の少ない老人には若者を笑う暇などないという、老人の側の静かな余裕とも読めます。年齢の違う人を笑う前に、自分もいつかその場所に立つことを思えば、自然と相手への敬意と思いやりが生まれます。
この章句が説くこと
老境無常謙虚人生敬老
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