酔古堂剣掃 / 集法・時に隨ふも時に趨らず
作人要脫俗,不可存一矯俗之心;應世要隨時,不可起一趨時之念。
新字:作人要脱俗,不可存一矯俗之心;応世要随時,不可起一趨時之念。
書き下し
人と作るは俗を脫するを要するも、一の俗を矯むるの心を存すべからず。世に應ずるは時に隨ふを要するも、一の時に趨るの念を起こすべからず。
現代語訳
人として生きるには俗っぽさから抜け出すことが大切ですが、わざと俗に逆らって見せようとする心を持ってはいけません。世に対応するには時勢に従うことが大切ですが、時流に飛びつこうとする考えを起こしてはいけません。
解説
脱俗と随時の、それぞれ行きすぎた姿を戒めた一則です。俗を脱するとは、俗っぽい欲や見栄から自由になることです。しかし、それをわざと見せつけて奇をてらうのは、矯俗という別の俗っぽさです。時に随うとは、時代の変化に柔軟に応じることです。しかし、流行に飛びついて振り回されるのは、趨時という軽薄さです。本当の脱俗は目立たず、本当の柔軟さは軸を失いません。人と違うことをしようとするのでも、人と同じことをしようとするのでもなく、自然体で自分の道を行くことが大切なのでしょう。
この章句が説くこと
処世脱俗中庸自然体時勢
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