酔古堂剣掃 / 集法・騷雅の二字を落とす
胸中落意氣兩字,則交遊定不得力;落騷雅二字,則讀書定不得深心。
新字:胸中落意気両字,則交遊定不得力;落騷雅二字,則読書定不得深心。
書き下し
胸中に意氣の兩字を落とせば、則ち交遊定めて力を得ず。騷雅の二字を落とせば、則ち讀書定めて深心を得ず。
現代語訳
胸の中から意気という二字が抜け落ちてしまえば、友との交わりはきっと力を持たなくなります。騒雅という二字が抜け落ちてしまえば、読書はきっと深い心に届かなくなります。
解説
交友と読書に、それぞれ欠かせない心の張りを示した対句です。意気は、相手の心意気に感じて応える熱い気持ちで、それがなければ友情は形だけのものになり、いざというとき支えになりません。騒雅は、『離騒』の騒と『詩経』の雅を合わせた言葉で、詩的な情感や風雅の心を言います。それがなければ、本を読んでも字面をなぞるだけで、深いところに届きません。友に対しては熱く、書物に対しては感じやすい心で向かう。どちらも、損得や知識の量ではなく、心の動きこそが大切だということでしょう。
この章句が説くこと
交友読書意気風雅感性
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