酔古堂剣掃 / 集靈・話を說きて洞心の處に到る
讀書到快目處,起一切沉淪之色;說話到洞心處,破一切曖昧之私。
新字:読書到快目処,起一切沈淪之色;説話到洞心処,破一切曖昧之私。
書き下し
書を讀みて快目の處に到れば、一切沉淪の色を起し、話を說きて洞心の處に到れば、一切曖昧の私を破る。
現代語訳
書物を読んで目の覚めるようなところに至ると、沈みこんでいた気持ちがすべて奮い立ち、話をして心の奥まで見通すところに至ると、あいまいな私心がすべて打ち破られます。
解説
すぐれた読書と対話がもたらす力を述べた一則です。快目は目が覚めるような爽快さ、沉淪は沈みこみ、落ちこんでいることです。洞心は心の奥底まで見通すこと、曖昧の私は、はっきりしないままにしている自分本位の思いです。よい本の核心に触れると、落ちこんでいた心が一気に晴れ、気力がわいてきます。また、率直に語り合って心の底まで通じ合うと、自分の中のずるさやごまかしが見えてきて、それを捨てることができます。読書は自分を励まし、対話は自分を正してくれるのです。心が沈んだときには本を開き、迷ったときには信頼できる人と語り合いたいものです。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
読書対話修身奮起誠実
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