酔古堂剣掃 / 集法・眼頭に過ぎり口頭に轉じ心頭に運らす
聖人之言,須常將來眼頭過,口頭轉,心頭運。
新字:聖人之言,須常将来眼頭過,口頭転,心頭運。
書き下し
聖人の言は、須らく常に將ち來りて眼頭に過ぎり、口頭に轉じ、心頭に運らすべし。
現代語訳
聖人の言葉は、いつも手に取ってきて、目で読み、口で唱え、心の中でめぐらせなければなりません。
解説
聖人の言葉を学ぶ手順を、目、口、心の三段階で示した一則です。眼頭に過ぎるは目で読むこと、口頭に転ずるは声に出して唱えること、心頭に運らすは心の中で繰り返し考えることです。ただ目で追うだけでは身につかず、口に出して覚え、さらに心で咀嚼して初めて自分のものになると言います。常にという言葉が示すように、一度で終わらせず、何度も繰り返すことが大切です。古典を読むとき、気に入った一句を声に出して読み、その日一日心の中で転がしてみる。それだけで、言葉は生きた知恵に変わっていきます。
この章句が説くこと
学問読書修身暗誦聖人
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