酔古堂剣掃 / 集法・半部の論語一卷の南華
要治世,半部《論語》;要出世,一卷《南華》。
新字:要治世,半部《論語》;要出世,一巻《南華》。
書き下し
世を治めんと要せば、半部の《論語》。世を出でんと要せば、一卷の《南華》。
現代語訳
世の中を治めたいなら、『論語』の半分があれば足ります。世の中から離れたいなら、『南華経』(荘子)の一巻があれば足ります。
解説
世に出る道と世を出る道、それぞれの座右の書を示した一則です。半部の論語は、宋の宰相趙普が、論語の半分で天下を治めたと語ったと伝えられることに基づきます。南華は、唐代に荘子が南華真人と呼ばれたことから『荘子』の別名です。治世には儒家の論語、出世間には道家の荘子という対比は、東洋の知識人が昔から心の両輪としてきたものです。どちらも、全部を読み尽くさなくても、一部を深く身につければ十分だという含みがあります。多くの本を浅く読むより、一冊を深く読むことの大切さも教えてくれます。
この章句が説くこと
読書治政隠逸論語荘子
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