酔古堂剣掃 / 集素・治世・傲世・維世・出世・垂世の法
宇宙以來有治世法,有傲世法,有維世法,有出世法,有垂世法。唐虞垂衣,商周秉鉞,是謂治世;巢父洗耳,褒公瞠目,是謂傲世;首陽輕周,桐江重漢,是謂維世;青牛度關,白鶴翔雲,是謂出世;若乃魯儒一人,鄒傳七篇,始謂垂世。
新字:宇宙以来有治世法,有傲世法,有維世法,有出世法,有垂世法。唐虞垂衣,商周秉鉞,是謂治世;巣父洗耳,褒公瞠目,是謂傲世;首陽軽周,桐江重漢,是謂維世;青牛度関,白鶴翔雲,是謂出世;若乃魯儒一人,鄒伝七篇,始謂垂世。
書き下し
宇宙以來、治世の法有り、傲世の法有り、維世の法有り、出世の法有り、垂世の法有り。 唐虞の衣を垂れ、商周の鉞を秉る、是れを治世と謂ふ。 巢父の耳を洗ひ、褒公の目を瞠る、是れを傲世と謂ふ。 首陽の周を輕んじ、桐江の漢を重んず、是れを維世と謂ふ。 青牛の關を度り、白鶴の雲に翔る、是れを出世と謂ふ。 若し乃ち魯儒の一人、鄒傳の七篇、始めて垂世と謂ふ。
現代語訳
天地開闢以来、世を治める道、世に傲然と背を向ける道、世を支える道、世を出る道、世に教えを垂れ残す道がありました。唐虞(堯と舜)が衣を垂れたまま天下を治め、商周(殷の湯王と周の武王)が鉞を執って暴君を討った。これを世を治める道と言います。巣父が耳を洗い、褒公が目をみはった。これを世に傲る道と言います。首陽山の伯夷・叔斉が周を軽んじ、桐江の厳光が漢を重んじた。これを世を支える道と言います。青い牛に乗った老子が関所を越え、白鶴が雲に舞い上がった。これを世を出る道と言います。そして魯の儒者ただ一人(孔子)と、鄒の人の伝えた七篇(孟子)こそ、はじめて世に教えを垂れる道と言えるのです。
解説
世との関わり方を五つの型に分けて、歴史上の人物で示した一則です。治世は政治で天下を治める道で、堯と舜が衣を垂れたまま天下が治まったという『易』繋辞伝の言葉と、殷の湯王と周の武王の武力による革命が例です。傲世は世を見下して関わらない道で、巣父は天下を譲ると聞いて耳を汚れたとする隠者の話で知られます。褒公が誰を指すかは定かではありません。維世は節義によって世の支えとなる道で、周の粟を食まなかった伯夷と叔斉、光武帝の招きを断って桐江で釣りをした厳光がその例です。出世は老子が関所を越えて去った話や、仙人が鶴に乗る話に表されます。最後に孔子と孟子の教えこそ後世に垂れる道だと、儒家の立場で結んでいます。
この章句が説くこと
処世隠逸孔孟治世出世
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