酔古堂剣掃 / 集法・窮せる親戚の往來有り
富貴之家,常有窮親戚往來,便是忠厚。
新字:富貴之家,常有窮親戚往来,便是忠厚。
書き下し
富貴の家、常に窮せる親戚の往來有らば、便ち是れ忠厚なり。
現代語訳
富み栄えている家に、いつも貧しい親戚が出入りしているなら、それこそが誠実で情け深い家の証です。
解説
家の品格は、貧しい身内とのつきあい方に表れると説いた一則です。富貴の家には、自然と有力な人々が集まってきます。その一方で、落ちぶれた親戚は、気おくれして足が遠のいたり、疎まれて遠ざけられたりしがちです。それでも貧しい親戚が気軽に出入りできる家は、主人が人を分け隔てしない、心の温かい家だと言います。忠厚は、まごころがあり人情に厚いことです。成功した人ほど、昔の仲間や身内との縁を保つのは難しいものです。立場が変わっても、変わらず迎え入れる家でありたいものです。
この章句が説くこと
家訓忠厚親族仁謙虚
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