孔子家語 / 弟子行
美功不伐,貴位不善。不侮不佚不傲無告,是顓孫師之行也。孔子言之曰:『其不伐,則猶可能也。其不弊百姓,則仁也。詩云:愷悌君子,民之父母。』夫子以其仁為大學之深。
新字:美功不伐,貴位不善。不侮不佚不傲無告,是顓孫師之行也。孔子言之曰:『其不伐,則猶可能也。其不弊百姓,則仁也。詩云:愷悌君子,民之父母。』夫子以其仁為大学之深。
書き下し
功を美とすれども伐らず、位を貴べども善とせず。侮らず佚せず傲らず告ぐる無き者を無みせず、是れ顓孫師の行なり。孔子之を言いて曰わく、『其の伐らざるは、則ち猶お能くす可きなり。其の百姓を弊さざるは、則ち仁なり。詩に云う、愷悌の君子は、民の父母なりと。』夫子其の仁を以て大學の深きと為す。
現代語訳
立派な功績を立てても自慢せず、高い地位を得ても驕り高ぶらない。人を侮らず、怠らず、傲慢にならず、頼るところのない者を見捨てない。これが顓孫師(子張)の人となりである。孔子はこれを評して言った。『功績を自慢しないことは、努力すればできることだ。しかし民を苦しめないというのは、仁の徳そのものである。詩経にこうある、「和やかで慎み深い君子は、民の父母である」と。』先生はその仁徳を、大いなる学問の深奥に位置づけた。
解説
顓孫師(子張)は功績を誇らず高い地位にあっても驕らない謙虚さと、身寄りのない者を見捨てない仁愛の心が評価されています。孔子は、功績を自慢しないことは努力で身につけられるが、民を苦しめないことは仁徳そのものだと区別し、後者をより深い境地として位置づけます。単に謙遜するだけでなく、自分の言動が周囲の弱い立場の人々にどう影響するかまで配慮する姿勢こそが仁の核心であるという指摘は、リーダーの資質を考えるうえで示唆に富む教えです。
この章句が説くこと
顓孫師子張仁謙虚詩経
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