酔古堂剣掃 / 集法・以て己を律すべく人を繩すべからず
禮義廉恥,可以律己,不可以繩人。律己則寡過,繩人則寡合。
新字:礼義廉恥,可以律己,不可以縄人。律己則寡過,縄人則寡合。
書き下し
禮義廉恥は、以て己を律すべく、以て人を繩すべからず。己を律すれば則ち過ち寡なく、人を繩せば則ち合ふこと寡なし。
現代語訳
礼・義・廉・恥の徳目は、自分を律するためのものであって、人を縛るためのものではありません。自分を律すれば過ちが少なくなり、人を縛れば人と和することが少なくなります。
解説
道徳は自分に向けるもので、他人を裁く道具ではないと説いた一則です。礼義廉恥は、管子が国の四つの綱と呼んだ徳目で、礼節、正義、清廉、恥を知る心を指します。律は自分を正すこと、縄はすみ縄で人を測り縛ることです。立派な道徳も、他人に当てはめて責め立てれば、人は離れていきます。自分に厳しくすれば過ちが減り、人に厳しくすれば孤立するという対比が鮮やかです。職場で正論を振りかざしたくなったとき、まず自分に当てはめてみる。それだけで人間関係は随分と穏やかになるはずです。
この章句が説くこと
修身寛容処世道徳自律
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