鬼谷子 / 忤合篇
世無常貴、事無常師。聖人無常與、無不與、所聽無不聽。成於事而合於計謀、與之爲主。合於彼而離於此、計謀不兩忠。必有反忤:反於是、忤於彼、忤於此、反於彼、其術也。
新字:世無常貴、事無常師。聖人無常与、無不与、所聴無不聴。成於事而合於計謀、与之為主。合於彼而離於此、計謀不両忠。必有反忤:反於是、忤於彼、忤於此、反於彼、其術也。
書き下し
世に常に貴きは無く、事に常の師は無し。聖人は常に與する無く、與せざる無く、聽く所として聽かざる無し。事に成りて計謀に合すれば、之と主を爲す。彼に合すれば此に離る。計謀は兩つながら忠ならず。必ず反忤有り。是に反すれば、彼に忤らい、此に忤らえば、彼に反す。其の術なり。
現代語訳
世に常に貴いものはなく、事に常の師はない。聖人には常に味方する相手がなく、味方しない相手もなく、聴くべきことで聴かないこともない。事が成って計謀に合えば、その相手を主とする。あちらに合わせれば、こちらから離れる。計謀は二方に対して同時に忠であることはできない。必ず背くところがある。こちらに従えばあちらに背き、こちらに背けばあちらに従う。それが術である。
解説
「計謀は兩つながら忠ならず」——同時に二者へ忠であることはできない。この一句は身も蓋もありませんが、正確です。両方に良い顔をする調整は、どこかで必ず破綻します。そして「世に常に貴きは無く、事に常の師は無し」。絶対の正解も、永久の師もない、と。儒家の思想とは正面から対立します。ただし読み替えれば、利害が対立する二者のあいだに立ったとき、どちらにも忠であろうとするのをやめて、どちらに就くかを決めよ、という実務的な指針になります。決めないことは、中立ではなく先送りです。
この章句が説くこと
世に常に貴きは無く事に常の師は無し計謀は両つながら忠ならず判断決断利害立場
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