酔古堂剣掃 / 集法・灘を上るの舟を挽くが如し
救既敗之事者,如馭臨崖之馬,休輕策一鞭;圖垂成之功者,如挽上灘之舟,莫少停一桌。
新字:救既敗之事者,如馭臨崖之馬,休軽策一鞭;図垂成之功者,如挽上灘之舟,莫少停一桌。
書き下し
既に敗れたるの事を救ふ者は、崖に臨むの馬を馭するが如く、輕々しく一鞭を策つを休めよ。垂成の功を圖る者は、灘を上るの舟を挽くが如く、少しも一桌を停むる莫かれ。
現代語訳
すでに失敗した事を立て直す者は、崖っぷちに立つ馬を御するようなものです。軽々しく一鞭当ててはいけません。まもなく成し遂げられる功を目指す者は、早瀬をさかのぼる舟を引くようなものです。少しも棹を休めてはいけません。
解説
立て直しの局面と、仕上げの局面での心得を、馬と舟のたとえで説いた一則で、菜根譚にもほぼ同じ句があります。崩れかけた事態を救うときは、焦って強い手を打つと、崖の馬のように落ちてしまいます。慎重に、少しずつ手綱を引くことが大切です。一方、完成間近の仕事は、早瀬を上る舟のように、一瞬でも手を止めれば押し戻されます。原文の一桌は、一棹の写し違いと思われます。危機では慌てず、仕上げでは気を抜かない。局面によって緩急を使い分けることが、事を成す人の知恵です。
この章句が説くこと
処世慎重継続危機完遂
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