酔古堂剣掃 / 集法・芳樹は買ふを用ひず
芳樹不用買,韶光貧可支。
書き下し
芳樹は買ふを用ひず、韶光は貧にして支ふべし。
現代語訳
花の香る木は、買わなくても楽しめます。うららかな春の光は、貧しくても十分に味わえます。
解説
自然の美しさはお金がなくても楽しめると、十字で言い切った一則です。芳樹は花が咲いて香る木、韶光は春ののどかな光のことです。庭がなくても、道ばたや山の花を眺めることはでき、春の日差しは誰にでも平等に降り注ぎます。支ふは、まかなえる、足りるという意味です。富んでいなければ楽しめないと思い込むことこそ、心の貧しさなのかもしれません。忙しさやお金の心配で心がふさがったときは、身近な木々や日の光に目を向けてみてください。豊かさは案外すぐそばにあります。
この章句が説くこと
清貧自然閑適知足季節
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