酔古堂剣掃 / 集法・過ちを改むるに如くは無し
才智英敏者,宜以學問攝其躁;氣節激昂者,當以德性融其偏。 何以下達,惟有飾非;何以上達,無如改過。
新字:才智英敏者,宜以学問摂其躁;気節激昂者,当以徳性融其偏。 何以下達,惟有飾非;何以上達,無如改過。
書き下し
才智英敏なる者は、宜しく學問を以て其の躁を攝むべし。氣節激昂なる者は、當に德性を以て其の偏を融かすべし。 何を以てか下達する、惟だ非を飾る有り。何を以てか上達する、過ちを改むるに如くは無し。
現代語訳
才知にすぐれ頭の回転が速い人は、学問によってその落ち着きのなさを引き締めるべきです。気骨があって激しやすい人は、徳のある心によってその偏りを溶かすべきです。 どうして下へ下へと落ちていくのか。それは過ちを取り繕うからにほかなりません。どうして上へ上へと進んでいくのか。過ちを改めることに勝るものはありません。
解説
長所に潜む短所の直し方と、向上と堕落の分かれ目を説いた一則です。前半は、才知の鋭い人は焦りやすく、気骨のある人は偏りやすいので、それぞれ学問と徳性で補えと言います。長所はそのままにしておくと短所に転じるということです。後半の上達と下達は『論語』に見える言葉で、君子は上に達し、小人は下に達すると言われます。その分かれ目を、過ちを飾るか改めるかに見ています。失敗したとき言い訳をするか、素直に直すか。その小さな選択の積み重ねが、人を上にも下にも運んでいくのです。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
改過学問修身才能反省
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