酔古堂剣掃 / 集豪・腰は督郵の為に折らず
身許為知己死一劍,夷門到今俠骨香仍古;腰不為督郵折五斗,彭澤從古高風清至今。
新字:身許為知己死一剣,夷門到今侠骨香仍古;腰不為督郵折五斗,彭沢従古高風清至今。
書き下し
身は知己の為に死する一劍を許し、夷門は今に到るまで俠骨の香り仍ほ古し。腰は督郵の為に五斗に折らず、彭澤は古へより高風清くして今に至る。
現代語訳
わが身を、自分を知ってくれた人のために死ぬ一振りの剣に捧げた、夷門(侯嬴)の義侠の骨の香りは、今に至るまで古びずに残っています。五斗の俸禄のために督郵(郡の監察官)に腰を折らなかった、彭澤(陶淵明)の高い風格は、昔から清らかなまま今に伝わっています。
解説
義に殉じた侯嬴と、節を守った陶淵明とを対にした一則です。夷門は魏の都の城門で、その門番をしていた老人侯嬴は、自分を重んじてくれた信陵君のために命を捧げたと伝えられます。後半は、彭沢の県令だった陶淵明が、五斗米のために郷里の小人に腰を折ることはできないと言って職を辞した話です。一方は恩に報いて命を投げ出し、一方は誇りのために地位を投げ出しました。方向は違っても、損得を超えて自分の筋を通した点で、ともに千年の香りを残しています。
この章句が説くこと
義侠節操清貧気骨恩義
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