酔古堂剣掃 / 集豪・文章自ら是れ千古に堪ふ
三春花鳥猶堪賞,千古文章只自知。文章自是堪千古,花鳥三春只幾時。
書き下し
三春の花鳥猶ほ賞するに堪へ、千古の文章只だ自ら知るのみ。文章自ら是れ千古に堪へ、花鳥の三春只だ幾時ぞ。
現代語訳
春三か月の花や鳥は、まだ賞でる価値がありますが、千年に残る文章の値打ちは自分だけが知っています。文章はもともと千年にも耐えるものですが、花や鳥の春三か月など、ほんのわずかな時にすぎません。
解説
同じ言葉を入れ替えて、はかない自然美と長く残る文章とを対比した一則です。三春は春の三か月、千古は千年の昔から千年の後までを言います。前の二句では、花鳥は人に賞でられ、文章の値打ちは自分しか知らないと、文章の孤独を言います。後の二句では、その文章こそ千古に耐え、花鳥はつかの間だと言い返します。杜甫の文章は千古の事、得失は寸心知るという句にも通じます。すぐに認められなくても、長く残る仕事に打ち込む人を励ます言葉と読めるでしょう。
この章句が説くこと
文章無常学問自負風雅
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