韓非子 / 和氏第十三
人主非能倍大臣之議,越民萌之誹,獨周乎道言也,則法術之士雖至死亡,道必不論矣。
新字:人主非能倍大臣之議,越民萌之誹,独周乎道言也,則法術之士雖至死亡,道必不論矣。
書き下し
人主、能く大臣の議に倍き、民萌の誹を越え、獨り道言に周するに非ずんば、則ち法術の士、死亡に至ると雖も、道必ず論ぜられざらん。
現代語訳
君主が大臣たちの議論に反対し、民衆の非難を乗り越えて、孤独に正しい道(道言)を貫き通すのでなければ、法術の士が命を落としても、正しい政策(道)が論じられることはない。
解説
君主が、重臣たちがこぞって反対する意見に逆らい、民衆からの非難も引き受けて、たった一人ででも正しい道を貫き通す覚悟がなければ、たとえ改革を進める人物が命を懸けて訴えても、その正しい考えが取り上げられることはない、と韓非は言います。人の上に立つ者は、周りの多数が反対し、下からも不満の声が上がるという板挟みに耐えてこそ、本当に正しいことを実現できるのです。これは会社の経営者だけでなく、家庭でしつけの方針を貫く親、町内会で古い慣習を見直そうとする世話役にも当てはまります。皆が嫌がる中で一人でも正しいと信じる道を守り通す覚悟がなければ、どれほど良い提案をする人がいても、その声はかき消されてしまいます。孤独に耐える覚悟こそが、物事を良い方向に変える力になるのです。
この章句が説くこと
リーダーの覚悟孤独改革抵抗勢力トップダウン
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